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思い出に残る旅行手配を目指して

昨23日からお客様方の出国ラッシュが続きました。いずれも無事に当地を発たれ、何よりでした。出国ラッシュ第二弾・第三弾が27日・31日にある為、気を抜く事は出来ませんが、ちょっとだけホッとしました。 

Img_2762_2 Img_2763_2 そんな中、10年前までの三年間ボゴタ日本人学校に教員として派遣されていたS先生御家族が当地を再訪され、久しぶりの再会を果たしました。旅行業という仕事柄多くの方々との出会い・お付き合い・別れを経験しています。その中で、二度とお目にかかれないであろうとの思いでお別れした方々との再会が、偶然が重なっていますが何故か今年は続いています。

実の所、今回のS先生御家族がコロンビアに「戻ってくる」時点で、何と言うかもう泣けていました。S先生御家族と私との関係は、当時も今回も変わっていません。私は旅行会社の者として当時皆様のお世話をした、そして10年の時を経てまた私を指名してくれた。旅行手配自体はいつも気を抜いていないつもりですが、今回の手配は特別な思いを持っていました。

Img_2798現在ボゴタに駐在・居住されている人で10年前の状況をご存知ない方には、当時の事情は信じられない事もありました。当時の日本人学校の児童・生徒数は現在の約二倍だったそうで、それは私も気が付きませんでした。

治安状況は現在よりは悪く、当時Calle116(Avenida Pepe Sierra) & Carrrera17あたりで爆弾テロ事件があったり、日本企業の方が誘拐されたりなどという事もありました。その事もあって駐在されていた方々のボゴタ市内移動には制限があり、旧市街地区の観光などもっての外という雰囲気がありました。

その当時から比べると、首都ボゴタの治安状況は劇的に改善されており、もはや「普通の大都会」 です。今回S先生御家族は「一般旅行者」として、当時行く事が出来なかった様々な場所を巡る事を希望され、私はガイドとしてではなく「旧知の仲」の者としてご案内した次第です。

また、当時は今ではちょっと考えられない「米不足」も経験しました。現在当地では日本米はさすがに手に入らないものの、アメリカ・カリフォルニア米がそれに近いという事で容易に手に入ります。それが当時、一時的にコロンビアへの流通が止まり、隣国エクアドルの一部の米が若干似ているという噂からそれでしのいだり、某高級日本料理店を通じて密かに「ヤミ米」を高額で入手したりという事も経験しました。当時の米不足を経験された方々は、お子様の学校へのお弁当が大変だったようです。

また、当時の日本食材事情は大変でした。数少ない食材を扱う店に「餃子の皮」が入ったというだけで、奥様方同士で「今がチャンス」と連絡を取り合ったとの事。冷凍の魚介類すら店頭に殆どなかったか、或いは数が極端に少なかった時代でした。首都ボゴタに限った話しですが、現在では野菜・魚介類・そして日本食材などは当時に比べると格段に取扱数が増えました。

そんな時代を経験した我々です。市内の大規模スーパーに入ると「昔より随分品数が増えてる!」という感想はごもっともでした。

Img_28041 私以外の方々との再会もセットし、懐かしんだ事は言うまでもありません。私がこの地で昔から変えていないスタイルが「お客様方にとって私は友達というよりも、必要な時に重宝する存在であるべき」です。お客様がどこかへ旅行する時、単に日本語が通じるというだけではない、安心して任せられる存在を常に目指しています。とはいえ、全てが完璧という手配はなかなか難しいものです。どんなに入念なチェックをしても、ここはラテンアメリカです。そんな中、タイトルにも記したのが「思い出に残る旅行手配を目指して」です。

今回のS先生御家族が10年ぶりに当地を訪問されてどのような思い出を残されたのか、それは日本へ戻られた後にこのブログをご覧になられてから、感想を伺いたいと思います。今後も何年ぶり、何十年ぶりの再訪旅行のお世話をさせて頂く機会が出てこようかと思います。その時々で、少しでも良い思い出が残せるようなお手伝いをさせて頂きたいと願っています。

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