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身元不明のトラック

日本ですとトラックの後ろについている「倉庫?」の横っ腹は自社の広告にもなるので、工夫を凝らしたデザインのトラックが行き交っていると記憶しています。私は「トラック野郎」の世代ではありませんが、何かそんなイメージを連想します。

Img_2286 しかし、南米コロンビアのトラック事情は日本と大きく異なります。この画像を見て下さい。見事に「何も書いていない」このトラックはどこの会社のものか、そして何を運んでいるかさっぱり判りません。「身元不明」そう、それが重要なのです。これは「防犯」の為に、あえて車体に何も書かないのです。この「名無しトラック」は、かつて「アフガニスタンかコロンビアか」と言われたほど、世界でも最危険国として恐れられたこの国の国情の「名残(なごり)」です。

Img_2289 このトラックも車体には何も書いてありません。どうやらレストランから撤去されたドリンク用冷蔵ケースを搬入しています。このトラックもどこの所属か全く判りません。

昨今は国内の治安が劇的に改善されていますが、つい数年前までは反政府ゲリラが首都を含め国内全土に脅威を及ぼしていました。トラックの所属先や何を運んでいるかが分かってしまうと、トラックが襲撃や脅迫を受ける恐れがあった為、皆が皆「存在を分からなくする事」を始め、それがあらゆるトラックに波及した為にパッと見ただけではどこの会社のトラックか全く分からない、それが「最低限の防犯対策」だったのです。

Img_2313_2

Img_2310左画像が市内のレストランへ到着したトラック、そして右画像が宅配専門ピザ店に到着したトラックです。こちらも例外なく「身元不明」です。各トラックには唯一"Transporte de Alimentos"(食品の輸送)とだけ書いてあるのが共通しています。

これらはかつての最危険国・コロンビアの「負の遺産」だと私は感じています。皆が反政府ゲリラや犯罪組織からの脅迫や襲撃を恐れて大っぴらに自社の宣伝をする事を避ける、これがついこの間までのこの国の現実でした。この画像を撮影した際も、近くにいた人は怪訝(けげん)な顔をして私の事を見ていました。撮影後に何らかの犯罪に使われるのではと疑ったのかもしれません。無理もありません。つい最近まで数十年もの間、コロンビア人は常に脅威に怯えていたのですから。

道路を走るトラックの横っ腹に堂々と自社の宣伝が出来るようになった、その時がこの国にとって真の平和が訪れた事の確信に至るような気がします。ちなみにこの国で常に一番身に危険が及ぶ「大統領」や「国防大臣」を乗せた車列が市内を走る際には、フル防弾車両にスモークガラスを施して車内が見えないようにしているだけではなく、BMWやランドクルーザーなどの"ナンバープレートがない""色が全く同じ""同一車種"を「3台」連ねてどの車に乗っているか全く分からないようにしています。その3台の前後を10台近い護衛車、更には大統領の車列の最後尾には「救急車」が付くので、これですぐに大統領の車列と分かります。それ程までに対テロ対策を講じているのはまだ続いています。

ちなみに、防弾・スモークガラスを施すには政府機関からの許可が必要なようですが、一番危ないのは「自分は重要人物」と思い込んでそれらを施す御仁で、その割には護衛車を付けずに「単独走行」するケースです。そのような「特殊車両の単独走行」は、犯罪組織から一番目を付けられ易い典型的な例です。トラック・一般車両共にそのような「細工」をせずとも自由に町を走れる、コロンビアがそんな「普通の国」になるのにはもう少々時間がかかりそうです。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。
貴重なコロンビア情報を、いつも楽しく読ませて頂いています。読めば読むほど魅力的な国ですね!

私は陶芸の仕事をしています。縁があって、来年の1月頃からraquiraに住む事になりそうです。現地でお会いできる事を楽しみにしています。

投稿: 卓袱堂 | 2009年6月20日 (土) 15時41分

卓袱堂さん、こんにちは。ウエブサイト拝見しました。プロの陶芸家の方ですね。Raquiraの記事をご覧になられた事と思いますが、現地では上薬を使わない「素焼き」のセラミック製品の生産が主流です。大小様々、実に多くの製品が町に溢れています。近郊では「素焼きレンガ」を生産する為の釜がいくつも見られます。

どのような事情でRaquiraにお住まいになられるのか、とても興味があります。是非とも当地で一度お会いしたいと思っています。Raquiraの町・というよりも「村」ですが、ここはとても小さい所ですよ。すぐ近くにある「スタマルチャン」という町ではつい先日「トマト投げ祭り」があり、日本でも報道されたようですね。

投稿: 管理人 | 2009年6月21日 (日) 09時15分

ご丁寧な返信、ありがとうございます。
私は43歳です…が、日本でも30歳前後にしか見られず…外国ではティーン扱いされる事もしばしばですが…(笑)シニアボランティアの陶磁器スタッフとして派遣される予定です。
その「素焼き中心」の器たちに釉薬の衣を着せたり、デザイン指導などをして品質向上のお手伝いをします。環境問題のため、薪や石炭の窯からガス窯にスイッチする方法も模索していきます。…とはいえ、きっとのんびり2年間を過ごしてしまう(何も変わらない?)事になる気がします…

Raquiraそしてボヤカ県の情報などが登場するのを楽しみに待ってます!ネット上でも、あまりにも情報が少なくって…。

投稿: 卓袱堂 | 2009年6月21日 (日) 13時41分

卓袱堂さん、こんにちは。そうですか、シニアボランティアとして着任ですか。それで○○さんがこの間ボヤカ県に出張されたのか・・・私が記憶している限りでは、ボヤカ県への派遣は初めてのような気がします。コロンビア国内情勢はやはり目に見えて変わってきている事を実感しています。Raquiraの町及びその周辺はそうではありませんが、郊外とビジャ・デ・レイバへ向かう街道の光景はまるで「コロンビアのグランドキャニオン」と言えるほどの大峡谷とサボテンや荒涼とした風景が広がっています。人気のない台地のあちこちに素焼きレンガを焼く窯が見られます。

2年間の任期で現地の事情を劇的に変えるには相当の努力が必要でしょうね。長年の伝統技術を方針転換する事に対して、受入先の意識向上も必要かと思います。特に卓袱堂さんの場合には前任の方がいない1からのスタートですので、向上へのきっかけを作って頂く事が大事かと思います。
部外者の私が口を挟むのは失礼かもしれませんが、隊員の方というのは「苗木」という存在ではないかと思います。日本政府が大規模に資金を投入して現地事情を劇的に向上させるのが「成木の植樹」であるのに対して、限られた予算と人数で行動される隊員の方々は「森への派生のきっかけ」を作る「苗木」だと感じます。苗木の根がきっかけとなり、長い年月をかけてそれが木となり、森になれば良いですね。

私が日本の旅行会社向けに組んでいる「ビジャ・デ・レイバ」へのツアーではRaquiraの町へも立ち寄るようにしています。その折には卓袱堂さんの「職場」へもお邪魔しようかと思っています。

投稿: 管理人 | 2009年6月21日 (日) 23時49分

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