頂き物第二弾とコロンビアでの日本食調達史
先日の「ベネズエラ・高級チョコレート」に続き、当地在住のM様から「手作り納豆」を頂戴しました。それも2パック!大豆を調理し、納豆菌をまぶして時間をかけて作る手作り納豆は大層手間のかかるものだけに、感動もひとしおです
M様・奥様、有難うございました(って、当ブログをご覧になられているのか?
) 先日、母方の故郷・茨城県・旧金砂郷村の名産「くめ納豆」の話をこの場でしたのをご覧になられたのか、或いは単なる偶然かは分かりませんが、「日本の味」本当に有り難いです。
「くめ納豆」(←こちらをクリック)は今や随分大きな会社になったものですね。昔は夏休みになると"大里"の本家へよく遊びに行った際にお土産で渡されたものです。私はこの地で生まれ育った訳ではありませんが、地図を見ると黄門様の御隠居所「西山荘」とか「久米小学校」なんて懐かしい名前が見られます。久米小学校は私の母が学んだ場らしく、水戸の旧制高等女学校(現・水戸二高)で学んだ祖母が一時教師をしていた所です。金砂郷が「蕎麦の実」の有名な産地と言う話は当時知らず、私にとっては今でも「納豆の村」です。という事で、私の納豆好きは相当なものなのです。それでも「美味しい手作り納豆」を食べたのは正直このMさんのものが初めてです
こちらはA様から頂いた「お茶」です。愛知県西尾市は「日本一の抹茶の産地」なのだそうです。詳しくはこちら←をクリックして下さい。えっ!西尾市では学校で「茶会」や「茶摘み」までやっているのですか!へぇっ、すごいですね。ちなみに一つは「荒茶」と表示されているのですが、こちらはもったいなくてまだ手を付けられません。何人かが集まった場所とか、特別な時に頂こうと思います。有難うございました。
当地での日本食料品調達事情ですが、ここ5年以内で随分と変わりました。大根や白菜その他の野菜類の一部が当地で生産・手に入るようになったのがまず一つです。味噌はそれまで当地の日系の方が生産されていたものをよく使っていましたが、近年ブラジルからの輸入物がその半額で流通しており、品切れの心配がまずありません。
米は現在でも輸入物の「カリフォルニア米」を常食しています。とはいえ先年まではこの流通量が極端に少なかった上に、一時当地への船便ルートが途絶えた影響で「米不足」に陥った事があり、例えば日本人学校では現在も児童・生徒は弁当持参ですがこの為の米が完全に途切れ、当地のパサパサの長粒米を苦労して炊いていると、父兄の方から伺ったのも昔の事です。魚もほんの一時期日本人の方が「魚屋」を営んだ事がありましたが、需要に供給が全く追いつかず常に品切れのまま廃業されました。
日本食レストランも出ては消えと、私がこの地に流れ着いてから現在でもまだ続いているのは二ヶ所で、そのうちの一つ"H花"と言えば、日本人だけではなくコロンビア人の間でも当地ではあまりにも有名な「値段はとにかく"超"が付く高い店」として長年君臨していました。それまではこの店だけが「至極まともな日本食」が食べられる所で、前述の米騒動の際には「それでも日本米が食べたい」という人はここから相当高い値段で米を買ったようです。たまに「生魚が手に入った」と連絡が入ればそれも相当な値段で、私のような貧乏人にはまるで縁のない店でした。前回利用したのは数年前、コロンビアの永住査証を手に入れた祝いで思い切ってのれんをくぐったのが思い出されます。
そんな日本食レストランも近年では質が高く安い店が次々とオープンしており、H花さんは今年に入って長年「超高級日本食レストラン」の象徴だった本店を閉じられ、つい最近有名なオーナー・O氏が他界されました。これも一つの時代の終焉かもしれません。最初韓国人のお客さんから「ねぇ、あなた知ってる?」と聞かされた時には半信半疑でしたが、直後に周囲のコロンビア人から「新聞で見た、ラジオで聞いた」と聞かされたので本当の話しでしょう。
という事で、コロンビア・特に首都ボゴタに限定して言えば日本食料品(含・日本酒)の調達事情は画期的に良くなりました。手に入る品が着実に増えています。勿論日本並みではありませんが、少なくともそれまで長年苦労されていた方々よりも、現在この地に居住されている方々・そして今後赴任予定の方々は幸せだと思って下さい。日本食レストランでは有料ですがお茶も飲めますし、納豆に使える大豆も手に入る昨今です。
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